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先週のポリオから風邪!

先週水曜日にポリオを受けました。そして翌朝からまたまた鼻水&咳。今も咳が多少出ています。

そのせいもあってか、またあまり食べない日々。

確か先週カオリサンがかぼちゃをとりにきたのが木曜日。そのときカオリサンからコロッケを食べさせてもらって食べたのには驚いたけど・・・。

すごくおいしいものしか食べないのかなー。昨晩は、ゆうくんは、小松菜入りハンバーグで、私は普通のハンバーグにしたら、私のほうしか食べず。小松菜の存在に気がついたのだろうか・・・。

しかも外で遊べないから体力もてあまし、また就寝1時ごえしてます。。

そして明日から札幌ご両親来訪!なんと5ヶ月ぶり。なんとか明日までに完治してほしいけど。

みんなでディズニーランドデビューしようとか言ってたけどおあずけですなー。

写真はゆうくんの拾ったはっぱとみかん。



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ブーブー大好き 奇遇だね (嶺の残雪)

Ma~Goがブーブー大好きである。車なら何でも好きなようだ。

最近はタンクローリーや工事に使う重機系が特に好きである。

男の子のせいかなと思う。   女の子はどうなんだろう?

それで昔の事を思い出して見たが やはり小さいうちから

男女でオモチャの好みは違っていたような覚えがある。


若い頃秋葉原で電気製品の卸し販売の営業をしていた私は毎日

10店舗位の担当店にフラフラ顔を出し自社メーカーの製品の

拡売に努めていたのであるが 時折担当店舗の組み換えがあり

4店舗程電気製品を展示していないジャンク屋さん国鉄のガード下の一坪店舗や部品だけの

専門店などカタログだけの店も持つ事になった。

その中に双葉電子工業(プラモデルの専門店)の出店があった。  中央通りを神田駅

方面に向かうと神田川を渡り左に「肉の万世」があり

真向かいには 今は移転してしまったが「交通博物館」があった。

その万世橋の少し手前のビルの一階に双葉電子はあり

何時いってもラジコンマニアで店は混雑していた。

ある日会社からのポケベルの呼び出し連絡で双葉電子へ顔を

出すとSさんという社員が洗濯機の注文をくれた。

それから時折Sさんから冷蔵庫やTVなどの注文が続き次第に

親しくなっていった。

他の大型店 中型店には何十台又何百台単位の取引きが

当たり前の業界であるがその店に展示してある様々なラジコン

商品を見るのが好きで喜んで足を運んだ。

そのうち我が家にも長男(T)の下にもう一人子供(N)が出来

将来の為にもう少し広い間取りをと思い松戸の会社の社宅から

転居する事にした。

そして会社迄は少々遠くなるが 京成線の志津(佐倉市)という

処にマンションを購入することにした。

暫くしてすべての手続きを終え引越しをして一段落し

ご近所へ挨拶に行くことになった。

そのマンションは11階建てであったが ドアのある通路側が火災

などにあった場合でもベランダから下に布団を投げその上に飛び降りれば

軽い捻挫位で済むであろう という観点から3階を選んだ。

そして左隣へ挨拶に行った時出てきたお隣の御主人と顔を合わせて

お互いに絶句してしまった。  彼は双葉電子のSさんであった。

同じマンションを偶然購入したとしても 11階建てで総戸数200弱

あるのに拠りによって隣同士になるとは・・・・

Sさんの所にはマコちゃんという長男より一歳上の女の子が 右隣には

マミちゃんというこれまた一歳上の女の子がおり それから数年

とっても仲良くさせて頂いた。子ども会のようなグループができ亭主ぬきであちこち小旅行をした写真が懐かしく残っている。

そしてSさんともより仲良くなり ポルシェ911というラジコンカーを

格安にて売って頂いた。  組み立ては結構大変であったが最後の色づけ

は楽しいものであった。販売店の若社長や会社の同僚たちにも愛好家が多く皆で自分の作品を持ち寄り自慢しあって

秋葉原のラジオ会館の屋上などで仕事をさぼって走らせていた。

息子(T)の為に買って製作したポルシェであったが 私が一番楽しんで

しまったようである。


余り変哲の無い人生を歩んできた私にとって Sさんとのこの一件は
大きなサプライズであった。

もう少し大きくなったらMa~Goもラジコンカーを欲しがるだろうか?
経験から言うと余り小さいうちは無理で 小学生になってラジコンスティックの操作
が出来る年齢になってからが良いと思っている。





流失事件        (嶺の残雪)

子供が大怪我をした。 出血多量で危険である。
一分一秒を争って車で病院へ駆けつけねばならない時
他の車の往来が無いにも関わらず 赤信号で止まって
待っていて手遅れになったらどうであろう。

今回の尖閣諸島事件の政府の対応に対する 野党の質問に
答える民主党の官房長官以下大臣の答弁のようでは
子供は間に合わず死んでしまうであろう。

菅首相には一慣性の足りなさを感じ選挙前から危惧の
念を抱いていたのだが このような重大な事件に
あたり自ら先ず中国漁船の行動をビデオで良く確認をし
自分で判断をすべきであったと思う。(小沢さんが総理大臣であったらどうしたであろうか?と思ったりもする)
 官房長官は元弁護士で法律には詳しいのであろうが
法律や決まり事は人を生かす為にある訳であり
それを遵守したが為に 子供が死んでしまっては
何もならない

流失したビデオを見ての感想は
一度目にヨナクニの後尾に追突したのは 中国漁船の
故意ではなく 前方進路に回りこんで来たヨナクニに対して
網を巻き上げ終えた漁船が一目算に逃げようとエンジンを
ふかし過ぎて舵が切りきれずに 自分よりはるかに大きい
ヨナクニの後尾にぶつかってしまったように思える。
 その後逃げきろうとしたが別の巡視船に追いつかれて
しまい 船体の大きさが余り変わらないので
横腹に追突しその衝撃で巡視船が方向を見失う間に
遠くへ逃げ伸びようとした ように思える。
二度目は故意であろうが逃げる為に必死だったのだろう。

釈放されてからの船長のピースサインは中国へ
帰ってからの心の動き喜びから自然に出たものであり 重箱の
隅をつっつくような(中国政府筋の陰謀説)所見はいかがな
ものかと思う。

それとは別にロシア大統領の北方4島への視察はもっと重大
な事である。
尖閣諸島にはどこの国が乗り込んでも軍事基地を造るのは
無理であろうが北方4島は北海道の目と鼻の先である。
簡単に軍備を配することが可能であろう。
日本が久方ぶりに政権の交代があり鳩山内閣が沖縄の基地移転
問題でアメリカとギクシャクした為民主党政権の腰の強さと
アメリカとの連携具合を確認したいように見える。
ロシアは寒い国である。冬になると港が凍結してしまう。
一年通しての不凍港がいくつも欲しいのである。
日露戦争の発端は不凍港が欲しいロシアの南下が大きな原因
である。
旧ソ連が崩壊した後 ロシアの不凍港は減っているわけで
ロシアが北方4島を黙って返還して来るとは思えない。
一般の民間むけ飛行場を拡大し半分はいつでも軍事
転用できるように造り上げてくるかも知れない。
 そしてそこにミサイル(必要とあらば核搭載可能な)を
何十基も配備されたら尖閣諸島よりもはるかに危険で脅威な
地域となってしまう。

中国問題も大事であるが 北海道の事も
忘れずに現政権にはしっかりと外交に
力を入れて貰いたい。
日本という島は他国から見たら欲しくて
仕方ない程素晴らしい地であり この様に
住み易さと美しさが同居混在している
国は少ないであろう。
そのような良き国に生まれ育ったことに
感謝し美しき国を後々にしっかりと
残し伝えて行かねば。

もう一本

というわけで、今日はゆうくん大分疲れただろう、ぐっすりだろうというわけでもうひとつ書いておこう!

ゆうくんと散歩していて不思議に思ったのですが、

秋の紅葉をきれいだと思うのは、なぜなのかな、と。

葉っぱが緑から赤や黄に変わるのが、なんでこんなに心を打つのかなー

冬になっちゃったら、全部なくなってしまって、春まで見ることのできない葉っぱたち。

その最期のときだからいとおしいというのはあるような気がする。

でも、秋でも緑のままだったら違う気がする。

ってことは、やっぱり紅葉していることにも関係があるから。

単純に、赤や黄の葉が、純粋に綺麗だってこころが感じるのかもしれない。

わかってきた、緑だった葉っぱが秋になって赤や黄になるからかも。

そして冬になって枯れ、また春に緑の葉っぱが出てくる。

その繰り返しを見れることが嬉しいのかもしれない。

枯れ葉を踏む音聞きながら 秋の 道を行くよ 

名詩ですよね。











素敵な秋の日、素敵な家へ。

今日は、中野にコドモのためのお芝居を見に行ってきました。偶然お休みだったパパも一緒に。誘ってくれた上原家のみんなと待ち合わせをして。

お芝居は。。。ゆうくんがなぜか結構泣いてしまって途中退出せざるを得なくなってしまいましたーー。

多分、暗転した瞬間から ふえ ときていたので、突然の暗がりに恐怖、あとはわいわい騒いではいけない雰囲気にやられちゃったという感じかなー。かわいい音楽が入ってるお芝居だったので幕の外でママと聴いて楽しみました★

その後、三鷹の上原家へ。絵描き夫婦のおうちです。

いろんな友人のうちに行くと、どこも素敵で、はあっとなってあこがれるけど・・・。やはりここのうちはすごいです。

何がかなーって帰りの電車で考えてた。おしゃれな家は沢山あるんだけど。それとは微妙に違う。

ふと昔バイトしてた居酒屋の店員のおばちゃんが、洗い場の棚に、店で出してたラムネからとったビー玉を小さなグラスに入れて飾ってたことを思い出した。

それに似てるかも!!と。

そのおうちにあるもの全てに、愛情がかけられている感じ。
どうでもいいものは何ひとつなくて、日々の彼らの生活が物にも宿ってる感じ。

ああ、しかもそれはまるで彼らの人生そのものじゃないかーと。更に気づきました。

大学生の頃から、人も、物も、自分達の周りにあるもの全てを大事に、愛していくような人たちだったのだ。

私も、もちろん、その愛を嬉しいことに受け取って過ごしてきたわけです。
そしてこれからもずっと返していけたらいいなーと切に願うのでした★

昨日のロッテVS中日戦   (嶺の残雪)

昨日のロッテVS中日戦は凄かった。  
記憶のヒモを一所懸命引っ張り出してみたが日本シリーズ
では憶えがない延長引き分けであった。
今日の名古屋ドームでも同じような戦いをして
もらいたい。
里崎の一撃はヤッタと思った。  あれを捕ったプレーは
イチローばりの凄さであった。
中日の誰だったか芯で捉えた打球が一塁手の正面をつく
不利もあった。 誰だったかと思い返し新聞をひろげたが
朝日新聞も間に合わなかったようだ。

子供の頃スポーツといえば野球しかなかった年代としては
また19歳の頃足立区の軟式野球連盟のチーム
で 24歳過ぎからは東京都の電気労連の野球連盟に加入
していた会社のチームにおいてキャチャーで4番打者であった
(弱小チームだったんだろうネ ハイハイ一回も勝った
こと無かったです) 私としてはあれだけ試合が延びたのは
バントミスに尽きると思う。
バントは腰を落として目線を下げて という基本が
両軍とも実行出来ていなかった。
球がバットに当たる瞬間にチョイひいて打球の勢いを殺すのであるが
そのタイミングが合わないとポップフライになってしまう訳で
どちらも疲れていたのかバントの名手も次々と
フライを上げてしまっていた。
心身共にとよく言うが 心の方が大事なのかもしれない。

火事場の馬鹿力は医学的にも起こり得る事が立証されており
アドレナリンが大量に発生され、力を出すとか 速く走るとか
には良い方向に作用するが 微妙な力加減が必要とされる
バントなどには力が出過ぎてしまうのかも。
ゴルフでもここ一番 グリーンを狙うようなショットの
場合不断より持つクラブをひとつ落とさないと飛び過ぎて
しまうそうである。
 そんな調子で今日も12時迄戦ってもらいたい。

ガンバレ ガンバレ ロッテ。




一歳四ヶ月祝★

あっというまに一歳四ヶ月!あと二ヶ月で離乳食完了させなくてはなのですねーー。

偶然にも1.4記念の日に、袖ヶ浦市にある ドイツ村という大きな公園に行ってきました。広い草原の上で、きゃーーと叫びながらかけっこ大喜びのゆうくんでした。

最近の変化としては、今まではふと、ぶーぶー とか、デシャ とか言っていたけど、今は

言おう!と思ってから言ってること。だから、こちらが 「電車 っていおう せーの」というと、

せーの にあわせて デンシャ っていえるようになってきた。

車の種類もだいぶ覚えてきて、はしご車 救急車 コンクリートミキサー車など、それぞれとってきて、というと、とってきてくれる。

さわってほしくないものを引っ張り出してきた際、ないないしといて というと、遊びたいのを我慢しながらか?元の場所に戻したり。だいぶやりとりしている。

朝の起床も7時~8時で定着してきて、夜もパパがいない日は9時とかには寝るように。※パパがいるとテンションがあがりなかなか寝ない・・・。


また、近所のびっくりドンキーに家族で行ったんだけど、まあまあ落ち着いて食べられた!これはかなり嬉しい!テーブルの上のものでがちゃがちゃやらなくなったし、ハンバーグも食べたし。

あと、向かい席のパパの真似をしてることに気づいて、パパが手を振ったり、頬杖ついたりして、それを全部まねしていくのが面白かった。

とにかくすくすく育っています★


たから物の思い出(1)         (嶺の残雪)

最近温暖化のせいか生き物の分布が
 
変化しているというのは本当のようだ。

全く見かけなくなったのがニイニイ蝉だ。

初夏に木のわりと低い辺りに止まって

ニイーニイーと啼いていた。

アブラ蝉の半分位の大きさで羽根は

もう少し薄いグレーの入った褐色だった。

ちょうちょも見かけないのが増えた。

昔は夏になると庭先にうるさいほど

翔んできたものである。

黒い縁取りに黄色い羽のキアゲハ。

同じような模様で黄色の所がブルーに

変わるアオスジアゲハ。

全身 真っ黒でしっぽのあたりにオレンジの

ワンポイント模様の入ったクロアゲハ。

全身すべて黒一色のカラスアゲハ。

今年の夏 何羽見かけただろうか?

子供の頃の昆虫での宝物はカブト虫や

クワガタやセミではなく蜻蛉だった。

それはオニヤンマとギンヤンマである。

50年も前の時代にもめったに見かけ

なかった。

胴体が太く羽の大きなオニヤンマは立派

だった。一回り小ぶりだが翠色に銀色と

赤をあしらったギンヤンマはとても美しく

見つけると何処までも追いかけたものである。

蝉やチョウチョ クワガタ 甲虫 別種の

トンボなどは随分捕れたのだがオニヤンマと

ギンヤンマだけはどうしても捕まえられなかった。

夏休みが終わって教室に皆の昆虫採集の箱が

並べられオニヤンマかギンヤンマを陳列できた

友達は鼻高々であり暫くヒーローであった。

オニヤンマは無理でも もう一まわり小ぶりな

ヤンマがいた。

私の育った田舎ではシッピーと呼んでいた。

しっぽの先端に丸い物が付いており 何処かに

止まっている時しっぽをゆっくり上下させるのが

特徴であり 後年ウチワヤンマという名前だと

分かった。  当時我々が持っていた昆虫図鑑には

載っていなかったのである。

私の実家は裏に山をしょっているので以前は夜

蝉が家の中に入ってきてカーテンに掴まって

羽化したり 枇杷の実が熟して落ちた辺りに

カブトムシが集団で蜜を吸いにきていたりした

ものであるが 最近はそれも随分と減ったよう

である。

Ma~Goがもう少し大きくなったら是非オニヤンマ

とギンヤンマを見せてやりたいと思っている。











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