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旅立たず      (峰の残雪)

家から50米位の処に 幅8米程の小川が流れている。
大きな鯉が群れをなしていたり 毎年鴨が子育てをしている
川で今も大分大きくなった子鴨が何羽か餌を捜して
群れている。
 昨日その川の上を数羽で交代に水面すれすれに翔びながら
水を飲んでいるように見えるツバメ達を発見した。
なかには水面にいる虫を啄ばんでいるように見える者もいる。
よく見ると 尻尾がまだ伸びきっていない子ツバメも
見受けられた。

バービーのつたない説では ツバメ達は巣から離れると
皆まとまって川原などで過ごし それから大陸をめざして
集団で渡ってゆくそうである。ウ―ン半分ほど信用しよう。
 確か巣立った雛達がすぐに 台風シーズンである海峡をわたり
大陸に無事辿りつけるかは疑問である。
暫く餌を捕る練習をしたり 雨風の防ぎ方を習ったりしながら
羽根に十分な筋力をつけてから 旅立つ方が
動物学的な見地からしても合理的である。

それで ツバメ達はまだ「旅だたず」という結論に至った。
バービー曰く そんな近くにまだいるなら
夜だけは うちに帰って来て寝れば善いのにね。

ごもっとも。至極ごもっとも である。








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  旅立ち   (峰の残雪)

7月9日~13日迄「旅立ち」という名曲を作った松山千春の出身地北海道へ行って来ました。
札幌 苫小牧のNIDOMU から支笏湖 定山渓 富良野 美瑛 そして
 旭山動物園によって 旭川空港から帰って来ました。

予定していた息子達の式次第もつつがなく済み 娘の嫁いだ札幌の
実家でも歓待して頂き素晴らしい5日間でした。

家に帰って玄関を見上げると 4羽の雛がギャーギャーと
啼き叫び 親鳥の持って来るエサを心待ちにしています。
親ツバメは虫やトンボなどをくわえてきて雛に与えている
様子でした。
 そして5月30日に巣を造り出してから丁度50日目に
私が玄関を出る時見上げると 4羽が巣のふちに上りこちらを
見下ろしています。
とても大きくなっている事にビックリしました。
夕刻家に帰ってみると 巣の中には一羽しか居ません。
電線を見上げると沢山のツバメが停まっています。
20羽程 群れをなしています。
そのうち彼らは一斉に私の家を中心にグルグル飛び廻りだし
そのうちの何羽かが巣の中に入ってはスグ出て来るという
行為を繰り返し 5羽位は玄関の瓦屋根に降り立ち
羽を休めています。
 翔んでいるところを下から見上げると 大きさは皆
同じようなのだが 尻尾がスーッと長いのと 扇子を開いた
スズメのような尻尾をしたのと・・・
 今日翔びたったばかりの子ツバメ達です。

もう飛んで 南の国へ帰ってしまうのかと
寂しくなりました。
夕方すぎ巣を覗くと 4羽で仲良く寄り添って寝ています。
将来の「旅立ち」にそなえて飛行訓練をしていたのかと
ほっとしました。

次の日7月21日は 朝から飛行訓練です。
沢山の仲間と一緒に大空を自由自在に翔びまわり
疲れると 電線やアンテナに止まって羽を休めています。

しかし その晩子ツバメ達は帰って来ませんでした。
今日が「旅立ち」の日だったのです。
 昨日仲間たちと一緒に出立する予定であった。 が 我が家の一羽だけが
飛び立つことが出来ず 皆で励ましにきたが暗くなって
きてしまったので 一日延期したようである。

「旅立ち」は寂しいが 大いなる出発点である。
途中 カラスや鷹などに襲われず 来年も帰って来て
元気な雛を育てて貰いたいと願っている。



北海道後

7月9日から15日まで北海道に行って来ました。
親族の結婚式、そしてパパのほうの帰省もいっしょに。

とても素晴らしい式だった。

こんなにうれしく幸せなことってあるんだなあ。

ゆうくんは、花嫁さんを見ては目をくりくりさせて触れたそうに。

赤ちゃんはきれいなもの美しいものに敏感らしい。

ほんとうに、一生の大事な記念の日となった。ありがとう。

都内に帰ってきて、一気に猛暑!札幌ばーばちゃんに帽子を頂きました。

最近は、パパにパパと言えるように。車を指差してブーブー。犬を指差してバウワウ。

だいぶしゃべってきましたーー!世界はまわりだした!(バイHB)

おとといから手離し立ち、数歩歩くように。めきめき成長です!



子つばめ 3

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みんな 仲良く 行儀よく。

子つばめ 2

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大分 大きくなったけど しっぽはまだ短いです。

子つばめ

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四羽 誕生しました。 長男です。

つばめの親


つばめの親です。  つば君かクロちゃんかは分かりません。

一才0ヶ月メモ

・ついに簡単な型はめできるようになったーー!
・赤ちゃんは知ってるもの、気に入ってるものを指差しするらしいが、
 最近、知ってるものを指差しし、何か確実に言っている。
 物に名前があることを理解しかけている。→これが言語の獲得につながるというわけかー
・なので、車を指差して バーバーと言っている。おしい!!
・悩みの離乳食、蒸しパンなどで食欲をそそりながらどうにかこうにか奮闘中・・・。
 毎食後、何もしたくなくなるくらいぐったりします・・・。
・バイバイ、グーパー、キムヨナのように バン の手遊びが好き。
・生活リズムは優等生。朝7時に起床、夜11時に就寝。昼寝 平均2時間半くらい。

ここにきて大人の模倣がほとんどであるとますます実感。

お風呂に入れば ガーゼで私の顔をふく、テーブルを布でふく、キーボードで黒鍵をグリッサンドで弾くのを見せると、同じように黒鍵だけ押す・・・等。色々しっかり大人は生きなければいけないと改めて思った・・・。

あと、助産師が言ってたのだが、育児とは、自分の今までの人生の縮図が見えるとのこと。
要は、育児をしていて悩むところが、今まで自分が生きてきて逃げてきてたところだというのだ。

人によって、赤ちゃんが泣いたときに向き合えない、とか 
旦那さんにすぐあたる とか色々欠点が浮かび上がってくるらしいが。
まさに、私は家事(特に料理)でした。とほほです。



七夕の飾りづけを小さくした。私は七夕が大好きなのです。歌も好きだし、お話も。クリスマスなんかの何千倍好きです。


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出産覚えてる限り

ゆうくん誕生日。

一年前、ゆうくんを産んだんだなー。

覚えている限りのメモを残そう。





7月2日 明け方五時。何かが流れ出る感覚あり目が覚める。出血。

産院に電話すると 破水かおしるしかわからないからとにかくきて といわれる。

結局おしるし。陣痛もまだないし、一度帰ることに。両家の親に電話を入れる。

その帰り道、おなかの張り&痛みが始まる。

そのときはまだ8分に一度の弱い痛み。

家に帰って湯船につかる。

だんだん痛くなってきて眠ろうにも眠れない。

痛いときは、壁に手をついて足を交互に振って忍んでいた。

お昼頃4,5分に一度の波なんでもう一度産院へ。

しかし子宮口がまだ1センチ、で帰される。

マックとか買って帰る。

親、到着。

土産のチェリーなど食べる。陣痛はきているがまだまだそこまでの痛みでなかったので。

夕方五時、札幌のご両親到着。

お義母さんに呼吸法を教わる。

八時ごろ、陣痛がかなり痛くなる。再度産院へ。

でも子宮口は2センチ。しかし入院することに。

九時ごろ、パパが助産師さんに帰るように言われて一旦帰る。

その直後から、激しい痛みが始まる。

痛みが多分一分くらい続いてたんだろうけど、その間は 赤ちゃんに会えるんだ、と思うと少し辛さが半減したものか・・・。

教わった呼吸法なんてあまりできず、あまりの痛みに叫んでしまったりした・・・。とほほ。

あまりの痛さに二度ほど吐く。

たまに助産師さんがきてくれて、手を握ったり、勇気づけてくれた。

夜中一時ごろだったか、子宮口が6センチくらいになりパパを呼ぶ。

二時前パパ到着。腰や肛門を押してもらい痛みを逃す。

ヨーデルのようになってるわたしに必死にパパが 正しい呼吸法を促す。本当ありがとう、だ。

3時とかか?

破水だ!!と思ってパパにナースコールしてもらう。

破水のあとの、いきみたいのの逃す辛さといったらなかった。

多分三時半とかかなー、なんかもう限界だ!と思ったのかまたパパにナースコールしてもらう。

すると助産師さん「お!全開だね!頑張ったね、お昼くらいになると思ったけど割りと早かったねー」と。

やったー 分娩室だーー!

しかしそこからが一番難関だった・・。

子宮の張りにあわせていきむのだが、赤ちゃんがなぜかでてこない

みんなに 頭は見えてるよ がんばって といわれる。

もう体力も限界ではあはあしていると若い看護婦さんに

赤ちゃんの心拍落ちてるよ!しっかりして! と怒られる・・・

いきんでも、何かに反対されるように内側に引っ張られる感じ今でも覚えている。

私はもう呼吸困難になっちゃって酸素マスク着用。意識はもちろん朦朧。

その頃か、へその緒がまきついてるっぽい となり、吸引分娩に切り替わる。

お医者さんが吸引機をあてて、助産師と看護婦がおなかを思い切り押して

無事ゆうくんがすぽーんと出てきた!!

首に二回 胴体に一回 計三回へその緒が巻き付いていて、どんなにいきんでも出て来れなかった。というより私がいきめばいきむほど、子宮の入り口でゆうくんの首がしまり呼吸できなくなり、心拍がさがっていたらしくモニターでは70という恐ろしい数値がでてたらしい。あとからパパにきいたんだけど。

うまれてすぐ胸にのせられて初乳。正直そのときはまだ意識が薄く。。感動とかじゃなかったな、無事でよかったーだけ。

その後、赤ちゃんは計られたり洗われたり。

私は産後の処置。小一時間後、再度赤ちゃんとご対面!

そのときの感動といったらなかった。

なんだか信じられない気持ちでいっぱいだったー。無事にでてきてくれてありがとう、が一番しっくりくる。

とりあげてくれた助産師さんや世界じゅうに感謝でいっぱいだった。

これパパの携帯のだから写真でかいな・・・

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これが 一年たつと

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となったのです。

今日はうれしくてうれしくてたまらない一日でした。ずうっとニコニコしてました。ゆうくんも。

近所のケーキ屋さんで似顔絵ケーキを作ってもらっていとことパパとバービーでお祝いしました。


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無事に一年育ってくれてありがとう、の一言につきます。他に何もいらない、という気持ちです。


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実家のアジサイをいただきました。

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